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ウルトラマンシリーズ幻の名作が初Blu-ray BOX化!『ウルトラマンG』會川昇スタッフインタビュー全文掲載

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オーストラリアで1990年に制作されたウルトラマンシリーズ幻の名作『ウルトラマンG(グレート)』が、最新のデジタル技術を駆使してBlu-ray BOXで登場! 独特のクリーチャーデザインやバトルスタイルなど、ウルトラマンシリーズ内でも異端の作品として根強い人気を誇る本作。そこで今回は、メインライターを務めた會川昇さんに、シリーズ初のオリジナルビデオシリーズであり、海外での制作という革命的作品の誕生秘話を伺った。

最初から決まっていたのは、オーストラリアで撮影すること、
新しいウルトラマンが登場すること、キャストは全員外国人ということでした

──本作に参加のきっかけは?

會川当時(1989年頃)、円谷プロのプロデューサーだった鈴木清さんが、『帰ってきたウルトラマン』『ウルトラマンA』の脚本家の長坂秀佳さんに、「若いライターを紹介して欲しい」と相談したことから、僕たち何人かのライターを紹介していただいたのがきっかけです。そして、幾つか企画のお手伝いをさせていただく中で、「オリジナルビデオの形で『ウルトラマン』を6本やる」という話が持ちあがりました。たまたま僕が当時OVA(オリジナルビデオアニメーション)の仕事を多くしていたこともあり、オリジナルビデオのツボがわかるだろうということで呼ばれたのだと思います。

──その時、具体的な企画内容は決定していたんでしょうか?

會川オーストラリアで新しいウルトラマンを6本分作るということで、円谷プロさんから脚本のお話をいただきました。それで、まずその6本分のアイディアを出しました。決まっていたのは、オーストラリアで撮影すること、これまでのウルトラマンが帰ってくるのではなく、新しいウルトラマンが登場すること、キャストは全員外国人ということでした。

──海外で制作するということで、制約はあったのでしょうか?

會川先ほどの決定事項以外は、何一つ制約がないような状態でとりあえず書かせていただいた感じでしたね。例えば“工事現場”を設定しても、日本の1989年頃だと、既に『帰ってきたウルトラマン』(1971年放送)に出てくるような工事現場も見かけなくなってきていて、あったとしても撮影許可がおりない様な状況でした。しかし、オーストラリアであれば物凄い規模の工事現場などもある。そういった意味でも制約がなく、鈴木さんやSFXコンサルタントの高野宏一さん達の、「それまでできなかった新しいことをやろう」という想いもあって、僕達のようなウルトラマンシリーズの経験がないシナリオライターを集めたように思います。

怪獣の名前は、こちらで考えた名前をそのまま使ってくれましたね

──脚本は日本語で書かれたと思いますが、変更はありましたか?

會川まず、我々が書いたものを円谷プロさんにそのまま英訳していただいて、それを現地のプロデューサーと脚本家のテリー・ラーセンさんとで話し合い、向こうでの撮影スタイルに合わせたものに一から書き直してもらっています。

──具体的に直されたことは?

會川やはり日本人が考える外国人の名前というのは、現地からするとどこか変だったりするところもあり、その辺りはきちんとした指摘が入ってきました。今でも覚えているのが、最初は主人公の名前がアンディ・ランドウとしていたんですが、「ランドウというのがランボーに聞こえるらしく、似たような名前で日系人ぽく聞こえる名前を考えられるか?」という現地にいた鈴木さんから電話の相談が来て、「シンドーというのはどうですか?」と投げたら「ああ、向こうでもシンドーが良いっていうんだよ、向こうからするとエスニックで日本人っぽい響きらしいんだ」ということで、アンディ・シンドー。でもそれだとゴロが悪いので、ジャック・シンドーにしたんです。

──直接オーストラリアのスタッフとやり取りすることは?

會川僕自身が、監督のアンドリュー・プラウズさんやテリー・ラーセンさんと直接やりとりする機会はなかったですね。第1話の日本語版吹き替えアフレコで彼らが来日した時に、挨拶したことは覚えていますけど。

──怪獣の名前については?

會川こちらで考えた名前をそのまま使ってくれましたね。最初の6本は最初の依頼から3日間ぐらいで書いたこともあって、あまり細かいことを考える余裕はなかったんですよ。でも、自分ではありきたりだと思っていて、後で変えるつもりだった「ゴーデス」というネーミングが、「ゴーデスという名前は良い。向こうの方には、ちょっと“GOD”という音(おん)が入って、GODとDEATHがかかっている感じがするから、すごく良いと褒めていたよ」と鈴木さんから言われたんで、「そうでしょうね」と答えておきました(笑)。

──最初の6本がゴーデス編としてひとつの流れでまとめられるというのも、それまでのウルトラマンシリーズとしては珍しいですよね?

會川最初から全6本でビデオパッケージが売られることは決まっていましたから、全話を通したパッケージ感が重要で、視聴者に次から次に観せていくという意味でも共通の敵がいないと最終回感が出ない。それでゴーデスを設定しました。

僕の中で、はっきりイメージを決めていたのはギガザウルスだけでした

──脚本を書く上で、怪獣デザインのイメージはありましたか?

會川それに関してはシナリオライターの間でもバラバラでした。僕の場合は、わりとデザイナーさんにお任せして、アイディアが出てきたらそれを採用する感じでした。ゴーデスに関しては、怪獣デザインの吉田穣さんがシャレで“火星だからタコだよね”という感じでデザインされているのはよくわかりましたし、僕も海外映画に出てくるようなエイリアン的なものにしたかったので、それは言いました。僕の中で、はっきりイメージを決めていたのはギガザウルスだけでしたね。ブロントサウルス型で肌がひび割れているというものでして、吉田さんのデザイン画ではちゃんと肌がひび割れているものが描かれていましたが、実際にはそこまで再現できなかった。3話のゲルカドンに関しては、エリマキトカゲをモチーフにすることは決まっていたんじゃないかな。襟巻の形状をベースに、あそこまでデザインを広げられたのは凄かったですよね。デガンジャだけは例外で、脚本の小中千昭さんの中で圧倒的なイメージがあったようです。脚本の段階でデザイン画を描いて来ましたから(笑)。バランガスは、5話と10話を担当した遠藤明範さんが脚本でこだわられていましたが、それはあまり反映されなかったようでした。でも出来上がったデザインは本格的で良いものでしたよね。

──特撮的に新しい試みもあったとか?

會川モデルアニメともマペットともいわれている説があるのですが、特撮監督のポール・ニコラさんが「ウチでやるのだったらこれだよ」という感じで提案されたウルトラマンと怪獣の対決シーンがあります。シドニーのスタジオで撮影が行われたんですが、フルショット(全身が映るような引いた場面)はそれで撮って、スーツ自体は先行して製作されていましたから、格闘シーンそのものは、従来のようなスーツで撮影するというアイディアがあったようです。でも試写を観たら、そのままでは難しかったようで全面的にスーツによる特撮に切り替えられたんです。

──実際の仕上がった作品の印象は?

會川これはすごいと思ったのは、現地のロケの映像と役者さんたちが達者だったこと。自分たちが狙ったアメリカの刑事ドラマみたいな雰囲気で、グローバルな感じが出ていたのが良かった。それから、ウルトラマンのスーツは、当初ビニールレザーで製作していたんですが、一度使うと伸び切っちゃって使えなくなるということで、布製のものに作り直したんですね、写真でみるとやはり布にしか見えない。ウルトラマンと怪獣との格闘を描く特撮シーンに関しては、それが不安だったのですが、実際の映像で動いているのを観ると、すごい説得力もあり本当に素晴らしいカットに仕上がっていましたね。ミニチュア特撮に関しては、ビデオ合成が多用されていたので、凄いと思うところと疑問に思うところとが半々でしたね。物語に関しては、後半ではテリーさんがやりたかったものなのか、我々が書いたものが問題があって変更になったのかがわからないものもあります。特になんでUF-Oやバイオスの話がこうなっているのかな?というのは正直ありますね。12、13話に関しても、流れは僕の書いたものにわりと忠実なのですが、ぜんぜん違う要素が入ってきたりして“こう来ますか?”という感じはありました。でも、僕自身はテリーさんに向こうで全部書き直してもらうという時点で、アンドリュー監督やテリーさんの作品で、それを観客として楽しめればそれでいいやと思っていました。

──当時印象に残ったことは?

會川日本語版のアテレコ台本を書かせていただいたことです。アテレコ台本というのを書くのは、最初で最後の経験ですね。すごく良い声優さんたちを集めていただけて、アフレコの現場へ行って、セリフの一つ一つをちゃんと吟味できたのも良かったです。特に小林昭二さんと一緒に仕事をさせていただき、小林さんのほうから「(『ウルトラマン』の)ムラマツキャップの芝居じゃないけど良いよね?」と言われたのは良く覚えています。

自分もやっぱり脚本家を目指すことを考えはじめた頃に、
ウルトラマンシリーズの各話を書くというのがその頃の夢でした

──作品が延長され、全13話になった経緯は?

會川やはり1クール(13話分)作りたいという円谷プロさんの意向や、それくらい作らないと現場を作りにくいというオーストラリアスタッフの要望が当初からあったことや、海外セールスの事情から、最初の6話の脚本作業中に話が決まりました。

──會川さんがウルトラマンに思うことは?

會川僕達の世代は、当然ウルトラマンシリーズを観てきているのだけれど、『ウルトラマンレオ』(1974年放送)以降の断絶期間というのがあった。今のように復活するのが当たり前の時代ではなく「もうこのままウルトラマンシリーズは作られないんだな…」と普通に思っていた。その後、僕らの上の世代の人たちが、雑誌などでウルトラマンシリーズの価値を再発見して、作品を大人の目で評価することを教えてくれた。それが中学生だった僕に与えたインパクトは大きかったですね。自分が小さい頃に観ていた作品には、本当はまだ違うものがあったのかもしれない…という事を初めて認識しつつ、文芸志向が強い人間は、やはりオリジナルストーリーを考えるわけです。同人仲間でも架空のウルトラマンのストーリーを考えることが流行っていましたね。そして、自分もやっぱり脚本家を目指すことを考えはじめた頃に、じゃあ試しにウルトラマンでどんなエピソードが書けるのか考えたりもしました。やっぱり、円谷プロさんでウルトラマンシリーズの各話を書くというのがその頃の夢でしたよね。

──本作で意識されたことは?

會川自分たちの意識としては、このあとに『ウルトラマンパワード』や『ウルトラマンティガ』(1996年放送)が作られるとは一切想定していないから、今これ(『ウルトラマンG』)を作らないと、もう二度とウルトラマンシリーズに関われないという意識のほうが強かった。それも、TVじゃない、13話しかない、オーストラリアで撮る上に脚本も書き直されてしまう…というマイナスイメージもありましたが、それでもやりたい! という気持ちが大きかったですね。

──作品のオススメポイントは?

會川前半6話と後半7話は別の作り方になっていて、前半の6話で完結させる事を意識して、ウルトラマンシリーズには珍しくコンパクトなSFシリーズのようになっている点と、後半のシリーズでは各シナリオライターが、ウルトラマンシリーズで何が出来るかを自分たちなりに考えたものになっているところです。是非、ストーリーのバリエーションを楽しんでもらいたい。それと、信じられないくらいオープンセットが多用されている特撮、さらにはグレートの両手から伸びる光剣(グレートスライサー)など、スタッフの自由な発想が当時の子供たちに受け入れられて、今のシリーズに繋がっていっているところは観てほしいですよね。

──ウルトラマンに望むものは?

會川今でもウルトラマンシリーズを書きたい人はいっぱいいると思いますが、制約を可能な限りなくし一話完結のSF短編連作でシリーズを作るっていうのが、ウルトラマンシリーズの本来の姿であって、各話が一本のSF物として独立した魅力を放つものでいいんだと思います。だからいつまでもそういった作品が作れる場であって欲しいし、それを目指す若者の門戸を開いていて欲しいです。

の付いたインタビューはV-STORAGE online限定の記事です。

PROFILE

會川 昇(あいかわしょう)
1965年8月9日生まれ、東京都出身。師匠筋に長坂秀佳がおり、高校時代に『亜空大作戦スラングル』で脚本家デビュー。アニメ『鋼の錬金術師』のメインライター、『機動戦艦ナデシコ』のストーリーエディターを務めるなど、数多くの人気作を手がける。


<Blu-ray BOX発売情報>
ウルトラマンG(グレート) Blu-ray BOX
2017年1月27日発売
¥18,900(税抜)
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ウルトラマン Blu-rayシリーズ 特設サイト

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