インタビュー | 攻殻機動隊ARISE

攻殻機動隊ARISE/新劇場版 Blu-ray BOX 発売記念特集〈Chapter3 インタビュー〉

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士郎正宗の原作へと繋がる“攻殻機動隊”結成の物語を描いた「攻殻機動隊ARISE」シリーズにて、シリーズ構成・脚本を担当した冲方丁さんにインタビュー。各作品で印象に残っているシーンやセリフはもちろん、主人公・草薙素子の魅力やシリーズ作品としての魅力など、様々な話を伺った。冲方さんが作品に携わって感じた「攻殻機動隊」の難しさ、楽しさ、そして新たな発見とは?

──シリーズ構成・脚本を担当される前は、「攻殻機動隊」に対してどのような印象をお持ちでしたか?

冲方僕にとっては勉強の対象でした。10代の時に初めて拝見して、将来クリエイティブな仕事で食べていきたいと思っていた頃にとても意識させられた作品ですね。どんなジャンルの作品であれ、これくらいのクオリティになるまで頑張らなければいけないと思わされました。それは(士郎正宗著の)原作漫画と(押井守監督の)「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」のどちらもです。(「攻殻機動隊」の仕事を受けた時は)漫画の構成や映像から受けるインスピレーションの二つをどう消化するかが課題でした。ただ、素直に楽しくて大好きな作品という以上に、(クリエイティブな仕事をしている身として)いつかこういうものを作らなければいけないと思わされる一つの大きなハードルでした。

──ご自身が作品に携わることになられて、その印象に変化などはありましたか? また、実際に作業を進める中で、改めて気付いたことや感じたことなどがあれば教えてください。

冲方作品そのものへの感情は変わらないんですけど、作品を取り巻く環境が変化したなという印象がありました。原作が出た当時や「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」が公開された当時とはネットの普及が比べものになりませんし、様々なテクノロジーも一般化しつつあって、現実が「攻殻機動隊」の世界に近付いていました。作品がある種“予言の書”的な役割を担っている中、一体何を書けば新しいものになるんだろうというのが一つの悩みでしたね。色々なテクノロジーについて学んで分かったのは、今のテクノロジーの大半は不可視、目に見えないということでした。要するにハッキングやそれに対抗するプロテクトなど、細かい部分は全部セリフで処理しなきゃいけない。ハッカソン(与えられたテーマに対し、それぞれの技術やアイデアを持ち寄り、短期間に集中してシステムやアプリケーションなどを開発し、成果を競うイベント)の主催者や、セキュリティソフトを作っている方々がプロモーションをする際に、言葉だけでは伝わりにくいので、ハッキングなどを映像化するソフトをわざわざ開発するそうなんです(笑)。そういう問題が出てきている中で、どうやってテクノロジーに色付けしていくのかという点で意識したのが義体に寄り添ったストーリーテリングと記憶へのウィルス攻撃です。なるべく生々しくやっていかないと現実感がなくなってしまうところは、作品を取り巻く環境の一番大きな変化でしたね。

──「攻殻機動隊ARISE」(以下「ARISE」)はチーム結成までを描いた前日譚ですが、「攻殻機動隊」シリーズにおいて、どのような位置付けと役割を担っているのでしょうか?

冲方「攻殻機動隊」を知らない人が「ARISE」を初めて観て、そこから様々な作品に興味を持ってもらえるような入口の役割を担うことが課題の一つでした。もう一つは我々の世代が作る「攻殻機動隊」というものを明示して、それをさらに次の世代にバトンタッチする橋渡しの役割。つまり、「攻殻機動隊」は単発のコンテンツではなく一つの大きなワールドなので、アメリカでいうスーパーヒーローものの構造に非常に近い。常に次の世代に受け継がせなければいけないということは強く意識しました。そういう意味で、若い(草薙)素子を描くタイミングは今しかないだろうと。今後たくさんの作品が作られていく中で、素子はどんどん神に近い存在になっていって、下手すると消えちゃう訳ですよね。そうなると、このタイミングしかないんじゃないかと考えましたが、それをどう描くのかというのもまた一つの課題でした。

──「攻殻機動隊 新劇場版」(以下「新劇場版」)は「ARISE」の続編となりますが、シリーズ構成・脚本をご担当される際に最も意識されたことは何でしたか?

冲方原作の冒頭にあるような桜のシーンで終わらせるという着地点はだいぶ前から決まっていました。あとは首相爆殺テロといった原作の要素を入れつつ、「ARISE」で散りばめたキャラクターや事件の謎を全て解こうと。その中でテーマの設定が一番難航しましたね。最終的には野村(和也)監督が見出した“青春と卒業”という、一見すると「攻殻機動隊」らしからぬものになりました(笑)。でも、結果的にはしっくりきていたので「攻殻機動隊」は何を入れてもハマるなと思いました。

──野村監督と話をされていく中で、「新劇場版」のテーマが決まっていったんでしょうか?

冲方そうですね。意外なものを合わせていかないといけないですし、素子たちの若い姿を描いているからこそ、いずれその若さから脱却しなければいけない訳で、卒業というニュアンスもいいんじゃないかなと思いました。あとは監督のキャラクターとして清々しいものを描くというのがあったので、最後は清々しいシーンで締めて頂きたいなと。(「ARISE」の前髪パッツンから「新劇場版」のラストでは髪が伸びていた)素子の前髪も含めて、原作にも「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」にも「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」(以下「S.A.C.」)にも非常に近い、橋渡しとして上手い橋の袂が作れたんじゃないかなと思います。

──「攻殻機動隊ARISE PYROPHORIC CULT」(以下「PYROPHORIC CULT」)は前後編による完全新作エピソードです。草薙素子は電脳ウィルス“ファイア・スターター”を巡り、パイロマニアと対峙する訳ですが、冲方さんはパイロマニアの存在をどのように捉えていますか?

冲方電脳ウィルス“ファイア・スターター”を設定した理由は、今のテクノロジーが目に見えない方向に発達していて、見えざるところから脅威が来るようになっているからです。それが極端になっていくと、それまでの人と物の世界とは別に新たにデータ世界というものが成立して、そこから勝手に生まれてしまったウィルスや電子的な危機が現実世界に渡ってくる。「ARISE」では徹頭徹尾目に見えない脅威というものを書こうと思ったんですけど、その一方で目に見える明確な敵を設定した話が必要だなとも思いました。その考えから書いた「PYROPHORIC CULT」のテーマは“敵”です。パブリックエネミーという社会的な敵で、個人として情状酌量の余地もない言わば明確な悪。その悪に対抗する素子たちの手腕を描くと同時に、素子たちがなぜあの世界において脅威にならずに済んでいるのかを見せる必要があるなと思い、大急ぎで作りました(笑)。

──「PYROPHORIC CULT」が作られるまでには具体的にどのくらいの期間があったのですか?

冲方「ARISE」の「border:4」の試写を観終わった後に昼ごはんを食べながらエグゼクティブプロデューサー陣からその話を聞かされて…。「そんな体力が今の我々にあると思っているのか!」と半ギレになった記憶がありますね(笑)。そこで急遽、僕がプロットを組み、脚本の藤咲(淳一)さんにヘルプを頼んで、速やかに制作に取り掛かって頂きました。それで本当に作れちゃうんだから(アニメーション制作の)Production I.Gって凄いなと思いました。

──草薙素子というキャラクターの魅力はどこにあると思いますか?

冲方まず、物語の構造においては“シンデレラ構造”が成り立っていて、素子はその世界の最先端を体現する女性として書かれています。次に、原作が発表された当時(1989年)としてはまだまだ新しかった女性主人公は魅力の一つですね。今は逆にどんな作品でも女性を主人公にしたがりますが、その意味においても時代を先取っていました。自立していて、自衛力や経済力もあり、国家やテクノロジーの行末さえも見抜いてしまうのに、それでいて人間臭い部分もある。魅力的な要素がたくさん詰め込まれているんですよね。その後、さらに「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」や「S.A.C.」を通して、日本のアニメ的なマドンナ像が混ざって、一種独特な主人公像が形成されていったんだなと思いました。「ARISE」では如何にしてそれを壊して、また等身大の人間として弱い存在に戻すかが課題でした。

──脚本を書かれていて楽しかったキャラクターはいますか?

冲方コンセプトは“城から逃げ出して来た白雪姫と七人の腐ったオッサンたち”でした(笑)。みんなが何に腐っているのかを考えるのが楽しかったです。トグサは優秀なので却って捜査から外されてしまう。バトーは軍隊自体を信じられなくなっているけど軍事的技術でしか生きる術がない。パズは忠義心が高いせいで身動きが取れなくなっている。サイトーはハードボイルドになったのには何かしらの理由があると考えて、危なくてどうしようもないガキにしようと(笑)。ボーマやイシカワは信じたものに邁進して落とし穴にハマっていくところとか、ダメなオッサンをいっぱい出すのは楽しかったですね(笑)。

──各作品で印象に残っているシーンやセリフを教えてください。まずは「ARISE」の「border:1」からお願いします。

冲方素子が膝を抱えて脳を意識した仮想空間の中に潜り込むシーンがあるんですけど、あのシーンの特徴は人を入れる場所が全くないってことなんです。人と組んで何かをするって発想自体がない状態で、まだ自分が孤立しているという意識すらない。荒巻に部隊を作れと言われて、初めて意識して自分以外の人を入れられる仮想空間を作るんですけど、それまではああいう人間だった(笑)。それが第1話の素子を象徴していていいなと思っています。

──続いて「border:2」はいかがでしょうか?

冲方素子とロジコマとの対比が印象的です。border:1でロジコマと初めて出会って仲間になるんですけど、ピィーピィー言っているロジコマに素子が言葉を教えてあげるシーンが結構好きです(笑)。ロボットの進化みたいなシーンを実はちょっと入れてみたかったんです。しかも、「ARISE」においてヒロインの立場は逆転していて、border:2で素子はロジコマというお姫様を守る王子様になっているんですよね(笑)。「新劇場版」では素子にAIについて「人の振りをする道具は嫌いなの」と言わせているんですけど、AIに近い存在だと周りから言われることを嫌う素子の心情があのセリフから表せたので良かったですね。

──「border:3」はいかがでしょうか?

冲方全編に渡りラブロマンスを書けたので、本当に「やったー!」という感じで(笑)。総監督の黄瀬(和哉)さんからラブロマンスをやりたいって最初に言われた瞬間は、みんなが「えっ…」って凍りついたんですけどね(笑)。ラブロマンスの難しいところは好きという言葉を使わずに如何に好きという感情を表現するかだと思っていて、そこはアニメーションでの演技にかなり委ねました。そこでさすがだなと思ったのは、あの頭突きをするシーン。ああいう甘え方というか仕草を見た時に、この話は上手くいくなと思いました。

──「border:4」はいかがでしょうか?

冲方作品へのオマージュをこれでもかというくらい盛り込んだんですけど、やっぱり狙撃によってエマが吹っ飛んでデータ世界に行ってしまうシーンですね。あそこは人形使いのオマージュでもあるんですけど、ああいう事件がたくさんあったから人形使いが誕生できたんだよっていう部分を書けたので良かったです。

──「PYROPHORIC CULT」はいかがでしょうか?

冲方イケてる悪が焚き火をしながら飛行機を爆発する冒頭のシーンですね。こういうことを言うと変に思われるかもしれないんですけど、僕は飛行機を1回爆発させたかった(笑)。真上を見上げると飛行機が飛んでいるシーンが押井さんの映画の中によく出てくるじゃないですか。あれを見ながら途中で吹っ飛ばしてみたいなと以前から思っていました(笑)。飛行機ってみんなが無防備で一番攻撃してはいけない対象、ある種パブリックの象徴みたいなものですよね。それを攻撃する奴は必然的に悪になる。9.11の流れもあるので、悪の象徴をあそこで書きたかった。パブリックエネミーはこういうことをする人だよと提示できたので、あそこは物語の導入としてすごく良かったです。

──「新劇場版」はいかがでしょうか?

冲方物語終盤の、素子は水上に行って、クルツは水中に潜って行ってデータ世界に自分をアップロードするシーンですね。クルツはバージョンアップできず息詰まってしまったサイボーグだから、自分たちのデータを無限にバージョンアップ可能なデータ世界に送るしかなくて…。あとは“ファイア・スターター”がどうやって生まれて来たのかをそこに自然と入れられたので、あのシーンが書けた時は感慨深かったですね。あぁ、やっとこの仕事が終わったって(笑)。監督が全員違うオムニバス形式だけど話は一貫させて欲しいと依頼された時は、それはいくらなんでも無茶だろうと思って(笑)。ようやく解答が出せたし、オムニバスだけど連作として上手く繋げたぞという気持ちもありました。あの頃はもうこれ以上は書かなくていいかなという気持ちになりましたね。その後の花見のラストシーンは数年前からあれでいこうと決めていたので、脚本の作業的には気楽でした。絵の方は野村さんが何としても黄瀬さんに描かせると拘ったので結構苦労したみたいですけどね(笑)。

──完成した桜の花見のラストシーンをご覧になっていかがでしたか?

冲方素晴らしかったですね。“青春と卒業”というテーマで「攻殻機動隊」を書くのは多分これが最初で最後だろうなと(笑)。そういう意味でも記念碑的な作品ですね。自由度をここまで広げてあげたんだから、次のバトンを受け取る人たちは文句言うなよって(笑)。

──作品の舞台となる2030年の世界は、「攻殻機動隊」の世界にどの程度近付いていると思いますか?

冲方正直に言うと段々近付いて欲しくなくなってきました。「攻殻機動隊」のテクノロジーの爆発的な発達の大前提は戦争なので、現実世界と似てきていてちょっと怖いです。戦争を回避した上でテクノロジーの恩恵をみんなが等しく受けられる世界になって欲しいなと心から思いますね。「攻殻機動隊」をやるためにテクノロジーの勉強をして、フィクションだから成り立つことと現実だとこうなるなということはある程度の予測がついたので、その分何を見ても身に差し迫る感じがして嫌ですね。

──冲方さんが思う「攻殻機動隊」シリーズの一番の魅力は?

冲方それはもう「攻殻機動隊」という一つのジャンルになっていることですね。サイバーパンク、サイボーグアクション、ディテクティブ、ミステリー…これらが全部入っても成り立っている。且つ、続編を作れるだけの基本構造があって、キャラクターは複雑だけれども共感可能な人物造形を全て保っている。こういうことに成功できた例はあまりないですよね。今後、魅力の形も恐らく変わっていくと思います。ネットの広大さに素直に驚いていた僕たちの世代と、(ネット環境が整った現代社会に暮らす)今の小学生とでは作品の捉え方が全然違うと思うんですよね。違う魅力の炙り出され方がこれからされていくと思うので、それは逆に僕らが観客としてこれから味わいたいなと思いますね。

──最後に、ファンの方へメッセージをお願いします。

冲方「攻殻機動隊」という不朽の名作を一人でも多くの方に観て頂きたいです。「ARISE」はとにかく入口として作りましたのでここから入って頂ければ、原作や「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」、「S.A.C.」など存分に楽しめるコンテンツが出揃っています。そして、まだまだこれから「攻殻機動隊」というコンテンツは続いていくでしょうから、ぜひここを入口に「攻殻機動隊」ワールドを楽しんで頂きたいなと思います。この世界を味わわないと絶対に損ですよ。

PROFILE

冲方 丁(うぶかたとう)
2月14日生まれ。作家。小説「マルドゥックス・スクランブル」で第24回日本SF大賞、「天地明察」で第7回本屋大賞を受賞。他にもコミックやゲームなどの分野でも幅広く活躍。最新作「戦の国」は2017年10月刊行。「攻殻機動隊ARISE」、「新劇場版」にて脚本を担当している。

攻殻機動隊ARISE/新劇場版 Blu-ray BOX
2017年12月22日発売
¥20,000(税抜)
カラー/425分(本編376分+映像特典49分)/ドルビーTrueHD(5.1ch)・リニアPCM(ステレオ)/AVC/BD50G×4枚/16:9<1080p High Definition>/日本語・英語・中国語(繁体字)字幕付(ON・OFF可能)

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