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『この世界の片隅に』の宿る喜びと輝き
文:氷川竜介(アニメ・特撮研究家)

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漫画家・こうの史代の人気作を『マイマイ新子と千年の魔法』の片渕須直監督がアニメ化した話題作『この世界の片隅に』。アニメーションならではの、その魅力をアニメ・特撮研究家の氷川竜介氏に解説していただきました!

「戦争を描いた暗い映画はイヤだな」と、つい先入観をいだいてしまう方も多いかもしれませんね。たしかに大戦末期の後半にはそんな部分もありますが、決してそれだけではありません。「可愛らしさ」「穏やかさ」「喜び」といった感情も随所に描かれ、アニメーションならではのキラキラした輝きが、映画の最後までたくさん散りばめられています。ここではその一部を紹介してみましょう。

●空想力豊かなヒロインの魅力

主人公は“すずさん”と呼ばれる女性。物語は彼女が8歳のとき、「人さらいのバケモノ」に遭遇するところから始まります。頭に浮かんだことを軽々と絵にできる“すずさん”は空想力がつよすぎるせいか、どこか浮き世離れして、ぼんやりしたところがあります。最近のキャラ設定的に言えば「天然」みたいな感じでしょうか。

その性格は、18歳で見知らぬ土地へと嫁いでいった後も基本は変わらない。でも、人さらいのカゴでいっしょだった男の子や、座敷わらしのように天井から現れた女の子など、幼児期の衝撃の数々が、後から考えると「運命の出逢い」みたいなものだと分かってくる。現実か空想か区別のないところが面白いです。テレビはなく、映画もあまり観られない時代ですから、頭の中のイメージと現実の境界も乏しかったのかもしれません。

人の命を飲みこんだ海の波頭が、飛び跳ねる白いウサギに見えたりする「夢見がちなヒロイン」は、本作の魅力の核です。たとえ戦争を背景にした厳しい現実でも、“すずさん”の空想力なら別の輝きを宿し、癒しや新しい活力になるかもしれない。これは『赤毛のアン』から連なる「夢見がちな少女」の系譜に連なる物語でもあるのです。

●地形と言葉に宿った土地の魅力

物語の主な舞台は“すずさん”の実家がある江波、嫁ぎ先の呉、そこから20kmほど離れた都会の広島です。それぞれ地域のもつ役割や風土の差の描写も、この映画の大きな魅力です。江波は海苔など海産物で生計をたてている土地。呉は太平洋戦争の主力・連合艦隊とも関係の深い軍港であると同時に、海からすぐ斜面に山となる瀬戸内海らしい地形。いっぽうの広島は拡がる平野に四角く道路が交錯する計画的な都会。

一瞬にして「いまどんなバックグラウンドの土地にいるのか」が分かるよう景色がセッティングされているのです。路面電車が走る一方、電化も充分でなく鉄道は汽車であるなど、時代性も反映されています。ただし路線や街並み、地形の基本は現代と大きくは変わらない。土地を知っていれば時を超えて同じ場所に立った感覚が、入念に調べたディテールに基づく豊かな「絵」から伝わってきて、“すずさん”のいる世界が身近に感じられることでしょう。

もうひとつ映画世界を近くに引き寄せるのが「方言」です。西日本方言の中でも「広島弁」として知られる独特の言葉づかいとアクセントは、“すずさん”たちの優しい生活の中でまろやかに響く。その一方、瞬発的に激しい感情ががわき出るときには威勢良くたたみかけてリズミカル、暴力系ジャンルで広島を舞台にした映画があったことも思い起こされます。言葉の起伏もまた、映画の生命力を鮮やかに伝えてくれるものなのです。

●繰り返される日常描写の魅力

人柄や土地柄のリアリティがしっかりと描かれた上で、より魅力的に迫ってくるのは、「生活描写」とその変化でしょう。

身構えず世界を柔らかく自然体でとらえようとする“すずさん”は、食糧事情が悪くなっても素材や料理方法を工夫し、なんとか楽しいものにしようとしている。もちろん非常識ゆえの困った事件も多々起きますが、それも実に共感のもてる笑いを誘います。そうした食事の楽しさが戦況の推移につれて、どう変化するか。ひとつひとつの調理の細やかさ含めて、みどころのひとつでしょう。

“すずさん”が単なる「空想好き」ではなく、人間くさい嫉妬や怒りなどの多彩な感情が心の奥にひしめいていることが分かってからは、「こんな人と暮らしてみると面白いだろうな」と思わせる気持ちも強まってきます。それは次々と登場してくる、母、妹、義理の姉、遊女、幼女など、いろんな人物に「女性としての属性」が託され、対比によって“すずさん”の「女らしさ」が浮かぶからです。繰り返される日常の中で、“すずさん”の中にある多彩な「女性像」が見え隠れするにつれ、世界にたったひとりしかいない「かけがえのないひと」であることが浮き彫りになっていく。その感覚は格別のものです。

誰もが好きになれそうな魅力をもつ“すずさん”なのに、世界の中で自分の居場所を見失いそうになってしまうのは、なぜなのか。そう考えると、これはいつでも誰にでも起きる物語だということも分かるでしょう。

まずは“すずさん”とともに過ごす2時間強の時間の中で、彼女の言動の放つ存在感のオーラを存分に味わってください。そこにはアニメーション・ヒロインならではの魅力がたっぷり詰まっているはずです。

PROFILE

氷川竜介(ひかわりゅうすけ)
1958年兵庫県生まれ。アニメ・特撮研究家、明治大学大学院客員教授。東京工業大学卒。文化庁メディア芸術祭審査委員、毎日映画コンクール審査委員、文化庁映画賞映画功労部門選考委員などを歴任。片渕須直監督作である『マイマイ新子と千年の魔法』DVD,Blu-rayではオーディオコメンタリーに参加。


<公開情報>
『この世界の片隅に』
2016年11月12日(土)よりテアトル新宿、ユーロスペース他にて全国ロードショー!

<ものがたり>
どこにでもある 毎日のくらし。昭和20年、広島・呉。 すずは、広島市江波で生まれた絵が得意な少女。昭和19(1944)年、20キロ離れた町・呉に嫁ぎ18歳で一家の主婦となったすずは、あらゆるものが欠乏していく中で、日々の食卓を作り出すために工夫を凝らす。 だが、戦争は進み、日本海軍の根拠地だった呉は、何度もの空襲に襲われる。庭先から毎日眺めていた軍艦たちが炎を上げ、市街が灰燼に帰してゆく。すずが大事に思っていた身近なものが奪われてゆく。それでもなお、毎日を築くすずの営みは終わらない。そして、昭和20(1945)年の夏がやってきた――。

<スタッフ>
監督・脚本:片渕須直 原作:こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊) 企画:丸山正雄 監督補・画面構成:浦谷千恵 キャラクターデザイン・作画監督:松原秀典 音楽:コトリンゴ プロデューサー:真木太郎 製作統括:GENCO
アニメーション制作:MAPPA 配給:東京テアトル

<声の出演>
のん
細谷佳正 稲葉菜月 尾身美詞
小野大輔 潘めぐみ 岩井七世 / 澁谷天外

この世界の片隅に 公式サイト

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